Academic Medical Illustrationは、まだ一般化されていない知識を扱うための表現技術です。その役割は、知識の一般化とともに変化していきます。
AMIという言葉
Academic Medical Illustration(AMI)という言葉自体は、
まだ広く知られているものではありません。
一方で、それに相当するものは、私たちの身の回りに数多く存在しています。
研究論文に付随するFigure、
医療解説記事に用いられる図、
研究や医療の内容を理解するために添えられるさまざまなビジュアル。
それらはいずれも、「何かを正しく伝えるために」存在しています。
そして、それを担うのがAMIです。
医療解説記事やサービス紹介の中には、多くの解剖図やイメージ図が使われています。
しかし、メディカルイラストと総称されるその多くは、すでに一般化された知識を視覚化したものです。
こうした領域では、生成AIの進展によって、
「きれいに描く」「整理する」ための制作は、
十分に代替可能なものになりつつあります。
ここで重要なのは、「きれいに描かれたメディカルイラスト = AMIではない」ということです。
AMIが本来扱ってきたのは、まだ一般化されていない知識です。
研究論文は、その時点での最新の知見を扱います。
そして、それらは誰かに読まれ、
理解され、共有され、
いずれ知として広がっていくことを前提としています。
その過程において、
といった判断が必要になります。
AMIは、
こうした判断の結果として立ち上がるものです。
したがって、完成した図だけを見れば、
それを模写すること、再現すること自体は難しくありません。
しかし、その生成過程を再構成することはできません。
どのような判断が積み重なり、
どの誤解を回避するためにその形になっているのか。
それは、完成した図から遡って取り出せるものではありません。
ただし、この「生成過程を再構成することはできない」性質も不変ではありません。
論文はすべて「旬のもの」です。
同時に、それらは時間の中で読み込まれ、
理解され、共有されていくことを望むものでもあります。
そしてある段階で、
その内容が広く共通理解として定着したとき、
そのときに含まれていた「研究伝達設計」は意識されなくなり、
結果として、情報は一般化されます。
一般化された知識は、
特別な設計を経なくとも、当たり前のように画像化できる対象へと変わります。
この意味で、AMIは、時間とともに役割を変えていくものでもあります。
それは、完成された知を伝えるためのものではなく、
まだ解釈や理解が揺らいでいる段階の情報を、
破綻なく共有するための表現です。
言い換えれば、AMIは、
「一般化される前の情報」に付随する生モノのようなものなのだと思います。
論文をより伝わるようにするために、AMIが用いられます。
しかし、AMIによる可視化そのものは、決して目的ではありません。
論文をより伝わるようにするためには、
何を伝え、どのように伝えるかという伝達構造設計が不可欠です。
AMIは、
その伝達構造を実現するために用いられる、
代替手段のない、最も有力な手段のひとつです。