グローバルな科学コミュニケーションの鍵:グラフィカルアブストラクトにおける文化の違いを理解する

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 国際的なサイエンス系の論文投稿誌では、論文の理解を助けるためにグラフィカルアブストラクト(GA)が広く使用されています。このビジュアル要素は、論文の内容を一目で理解できるようにするための重要な手段です。
 比較的簡潔なGAでは、特にアイコンやインフォグラフィックが多用される傾向があります。例えば、日本人論文投稿者の事例で、漫画の文脈における感情表現が使用されることがあります。よく用いられる手法が「擬人化」で、細胞や因子に顔や手がついて、その性格や挙動をわかりやすく示す役割を果たします。この擬人化という手法は日本人にとって非常になじみが深く、非常に効果的な手法です。
 しかしながら、果たして異なる文化にいる読者やオーディエンスは果たして同じメッセージや情報を受け取っているのでしょうか。
 今回は、日本と諸外国におけるインフォグラフィックおよびマンガの記号表現の適用可能性(と限界)について、マンガおよびヴィジュアル・カルチャーの研究者であるニューヨーク市立大学バルーク校の鈴木繁准教授の見解をもとに考察します。

 

インフォグラフィックとマンガ表現

質問(MEDICAL FIG.編集部)

 最近、サイエンス系の論文では、論文のアブストラクトをさらにビジュアル化したものを作成することが多くなっています。これらのグラフィカルアブストラクトでは、研究者自身がフリー素材のアイコンを加工して作成することも増えています。しかし、日本人研究者がGAを作成する際に、日本独自のマンガ表現やアイコンが外国人にとってどのように理解されるかについて懸念があります。具体例として、医療系のテーマで、遺伝子サイレンシングによってスイッチを切られた遺伝子を鼻風船(鼻ちょうちん)のついた人型のアイコンで表現したケースや、ある機序の中で行動を起こさないタンパク質を擬人化し、吹き出しに三点リーダー(…)を入れて表現したケースがありました。

 こうした表現は外国人にうまく伝わっているのでしょうか?

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回答:鈴木繁(ニューヨーク市立大学バルーク校准教授)

suzuki_shigeru たしかに日本で生まれ育ってきた多くの人々にとって、鼻風船は眠っている状態を示すものですよね。しかし、文化によってはこの意味(指示対象)がそのまま通じない場合があることは認識するべきです。

 言語学的なフレームにおいて、ある記号表現(例:鼻風船)が、「眠っている」という記号内容を示すのは、ソシュール的に言えば「恣意的」にすぎず、その両者をつなげているのは、その言語文化で歴史的・社会的に作り上げられてきた慣習(コンベンション)しかありません。日本の文脈においては、広く読まれているマンガやマンガ的な表現が、こうした慣習を作り上げたと言えます。しかし、他の文化において、同じ絵的な表現がそのまま通じるわけではありません。

(編集部注:実際に、この鼻ちょうちんには査読者からの「?」付のコメントが返ってきました。)

 同様に、「・・・」といった三点リーダーも、マンガのフキダシにおいて使われた際には、「行動をしない」というよりも、むしろ何かを考えているが、あえて言葉として発言しない、または無言のままでいる様子を表します。たとえば、さいとう・たかをのマンガ『ゴルゴ13』の主人公が良い例で、寡黙な主人公に多くの「…」があえて使われていますが、その場合、主人公は「無言」や「何も考えていない」のではなく、むしろ思考をしているがそれをあえて口に出さない人物として提示されています。

 また、いまでは日本発の「絵文字」も、英語圏ではEmojiとして、オンラインやデジタル文化で広く使われるようになりましたが(アップル・コンピュータは2008年から採用)、だからといって絵文字が、欧米でもそのまま通じる「普遍的なことば」になったわけではありません。同じ絵文字を使っても、その使い方や意味解釈には文化や文脈によって異なります。例えば、🙏という絵文字は日本では、何かをリクエストするときの「お願いします」といった用法や謝罪の意味を込めて「ごめんなさい」、または感謝を表す「ありがとう」といった意味として使われますが、欧米や他の異地域では、しばしば「お祈り」や「ハイ・ファイブ」(ハイタッチ)としても使われることがあります。そのため、全く同じ絵文字でも受け取り方が異なる場合があり、使う際には注意が必要です。

 マンガの話に戻せば、1990年代後半ごろから、アメリカでは日本のマンガが大手書店のチェーンなどで売られるようになり、若者を中心に読まれるようになりました。ただ、当時は日本のマンガ表現にある視覚的なシンボルは即座には理解できないようでした。

 たとえば、ニール・コーンの研究書には、そうした視覚的なシンボルに対して個々に意味が説明されています。

A-small-sample-of-graphic-emblems-from-JVLCohn, Neil. (2009). Japanese Visual Language: The structure of manga.

 このように、マンガの汗(ショック、焦り)や、こめかみの皺(怒り、イライラ)などは日本のマンガに馴染みのある人にとっては即座に理解できるかもしれませんが、そうした慣習(コンベンション)を共有していない海外のオーディンスにとって通じる共通認識の表現とは言えないでしょう。

 もちろん、日本VS海外ではなく、一つの国の中でもオーディンスや文脈、分野によって使用や理解が異なることも忘れてはいけません。医学的事実の文脈において、鼻血が性的興奮の発露を示すことは(おそらくは)ないのですから。

 さらにいえば、こうした視覚的シンボルも、実際のマンガの中では、ニール・コーンが説明しているように、絵と意味がそれぞれ一対一のように対応しているわけではありません。たとえば、この中でも額に大きな汗がついている絵は、マンガの物語的文脈や状況によって、さまざまに了解されるでしょう。

 最後に付け加えたいのは、言語学の観点から言えば、簡略化されたイメージやイラストを使うことが意味や情報の伝達だけでなく、受け手の感情や非言語的な反応にも影響を与える点があります。例えば、「かわいい」イメージ、「単純化されたイメージ」が使われる際には、その伝える意味や情報に加えて、感情的な反応を(しばしば不必要に)引き起こす可能性があります。そのため、単に意味や情報だけでなく、言語の外側にある「現実」も考慮する必要があります。

  特に医療の文脈では、患者が実際にどのような状態にあるのか、その家族や関係者の感情や心情にも目配りしながら、どんなアイコンや視覚的なシンボルを使うべきか検討することが重要です。このようにマンガ的表現や視覚的なシンボルなどを利用する際には、言語学的な意味だけでなく、コミュニケーションの深い部分である感情や非言語的な要素も考慮に入れることが、適切な伝達手段のために欠かせません。

 

考察

 鈴木准教授の意見から、以下のポイントが浮かび上がります:

  1. マンガ表現や視覚的なシンボルに対して国際的な理解に差がある:日本で利用されている表現が、異なる文化圏においては、必ずしも同じ意味で理解されない可能性が高い。
  2. シンボルの文化的・歴史的な慣習(コンベンション):視覚的なシンボルが何を意味するかはその文化内で形成されるため、国際的な論文においては慎重に使用する必要があります。
  3. 説明の必要性:視覚的シンボルの意味を言語的に説明することが必要であり、単に使用するだけでは誤解を招く可能性があります。

 

結論

 インフォグラフィックは透明で普遍的な視覚的イメージではありません。その応用にはオーディエンスを常に考慮する必要があります。インフォグラフィックの国際的な意味を理解し、適用することは、サイエンス系の論文において重要です。

 

今後の対応

  • 擬人化は有効な手段だが、マンガ表現の転用は国際論文ではリスクがあることを認識する。
  • オリジナルアイコンの開発については、集合知の発露と検証を目的としたAIの活用など国際的な一般化のアイデアを検討する。

 以上の点を踏まえ、グラフィカルアブストラクトの作成において国際的な視点を取り入れることが、成功への鍵となります。
 MEDICAL FIG.では、インフォグラフィックの表現の国際的な可用性について見識を持ち、最適なインフォグラフィックのデザインを提案しています。お気軽にお問い合わせください。

 

 

 


 

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